⊕こちらの記事は『施工の神様』からの転載記事であり、許諾を得て掲載しております。
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能力は低いのに、円滑に現場を回す監督の謎
むかし、少し変わった現場監督を見かけた。
経験年数は、ある程度積んでいた。だが、現場のことをほとんどなにも理解していなかった。少し複雑な測量になると、いつも頭を混乱させていた。一緒に現場を請け負ったこともあるが、お世辞にも仕事ができる人ではなかった。
しかし、この人には不思議な力があった。仕事はできないが、現場は円滑に進んでいくのだ。工事中は大きな問題もなく、書類や工程の遅れもなく、スムーズに物事が進んでいく。
最初は本当に不思議だった。だが、一緒の現場で働いていると、彼の”真の力”に気付いた。
みんなに助けてもらいながら工事が進んでいく
その力とは、”人間力”だ。彼はとにかく気配りができた。現場で業者が材料を運搬していれば、すかさず駆け付け一緒に汗を流した。交通誘導員が手配できないときには、自分が率先して誘導まで行っていた。現場監督としては珍しいタイプの人だった。
しかも、毎日の職人とのコミュニケーションも欠かさなかった。朝や昼、休憩時間には積極的に自分から職人たちの会話に入り込んでいく。それも、違和感なく人の懐に入っていった。この人間力の高さが、現場での大きな武器になっていた。
現場で人間性を買われると、不思議な現象が起きた。仕事ができなくても、周りが自然と当たり前のように手を貸すようになった。測量や図面の作成などの本来監督がやるべき業務も、下請けの方々が次々に「いつもお世話になってるんで、図面や展開図を書いておきますよ」と協力するという、異様な光景も目の当たりにした。
もちろん、すべての業者がそういうわけではなかった。だが、図面関係だけでなく、自分たちの工種が終了したにも関わらず、雨がちょっと降った時にも、こちらが電話する前に現場に飛んで駆け付けてくれた。
意識していたのか分からない。だが、彼は人間力で工事を完工させてしまう人だった。
現場事務所に籠りきりの監督は助けてもらえない
なぜ彼は、こんなにも人を動かすことができるのだろうと何度も考えた。正直、仕事ができないのに現場で認められていることには嫌悪感さえあった。
だが、ずっと一緒に仕事をしていくうちに、難しいことをしていないが、誰にでもできることを誰よりも早く気が付いて、行動する人だと分かった。職人のかゆいところに手が届くポイントを、無意識かどうかはさておき、よく抑えていた。
生コンの打設中に人数が少ないとき、場所替えの際にコード類が引っ掛からないように手元をする、高周波の電源を何も言われなくても入れたり切ったりしてあげる・・・、といった気配りが抜群にできた。
職人からすれば、ずっと現場事務所に籠って顔も見せない監督と作業中に少しでも手元をしてくれる監督、いざというときにどちらを助けるかなど、だれが考えてもわかる。
こんなことを書くと、現場でバリバリ仕事をしている現場監督の方から反感を買いそうだ。それでも、現場でのコミュケーションをしっかりしておけば、すんなり解決する問題は正直多い。
専門的な知識など不要とまでは言わない。だが、そもそも現場監督一人で工事を完工することなんてできない。要は、困ったときに周りが助けてくれるか、だ。
だからこそ、誰でもできることを、誰よりも早く、全力でやる。そんな、仕事をする上で本当に大事なことを、「仕事ができない現場監督」から学んだのだった