⊕施工の神様(※こちらの記事は「施工の神様」様の記事を転載させていただいております)
東京23区の集合住宅条例はややこしい
建物を建築するには、法律(建築基準法)の他に各都道府県、または市町村で定められている条例、指導要綱を守らなければなりません。
中でも、不特定多数の人間が居住する「アパート・マンション」は、建築基準法で「特殊建築物」に分類され、建築に関する条例でも特に厳しく、そして細かく規定が設定されています。
東京23区内に至っては、23区ごとにアパート・マンションの建築に関する条例や指導要綱が制定されています。それぞれの条例を守らないと、その区でアパート・マンションを建築することは出来ません。
そのため、都内でアパート・マンションの設計を行う人は23区の条例を全て網羅し、設計しなければなりません。
しかも、各条例は規定されている項目は同じでも、基準となる面積や住戸数といった数値が微妙に異なるため、非常にややこしいです。
また、条例の内容を説明した条文や手引書も23区が各自に作っており、見やすいものからわかりにくいものまで様々です。
中には基準がとても厳しかったり、手引が見づらいものもあり、「この区はアパートやマンションを建ててほしくないからこんな基準にしてるんじゃないか?」と思う区もあります。
東京都内でアパート・マンションを建築するための基準
条例や指導要綱で規制されている内容は基本的に共通しています。
都内でアパート・マンションを建築する上で守るべき、主な規定を紹介していきます。
住戸の面積、一定規模以上の面積の住戸の計画義務
住戸の面積は主に最低限度を定めており、概ね「25平米以上とすること」が23区内で決められています。
25平米という面積はイメージしにくいかもしれませんが、部屋が6~7畳程度でバス・トイレ別のワンルームが大体これくらいの広さになります。
この規定が無いと、小さくて劣悪な部屋を大量に計画したアパートが建てられてしまいます。すると家賃も安くなるため、言い方は良くありませんが「得体の知れない人」が大量に入居する可能性があり、周囲の環境や治安の悪化の恐れがあるからです。
他にも「ファミリータイプ住戸(約50平米以上)」を一定の割合で計画することが規定されています。
これは、ワンルームに主に住まう単身者よりも、ファミリータイプに住むいわゆる「家族」の方が定住率が高いから。家族世帯が多く住むことで治安を保持し、より良い住環境が形成できます。
駐車、駐輪施設の設置義務
都心では、地方と比較して自動車を利用する機会は多くありません。そのため、駐車場の無いアパートやマンションがほとんどなのですが、条例や指導要綱では駐車場の設置が義務付けられています。
主に引っ越しや緊急時の車両停車スペースのためやバリアフリーへの配慮、また周囲での違法駐車や違法駐輪を撲滅することを目的に設定されています。
共用施設の計画義務
アパート・マンションの管理や利用者のための施設の設置も義務付けられています。
主なものとして、ゴミを保管する保管庫、管理のための管理人室、入居者が利用する集会室、また災害に備えての防災備蓄倉庫などが挙げられます。
外部施設、外構
アパート・マンションを建てる敷地の外、つまり外構に関しても規定があります。
例えば、敷地に目一杯建てられるのを防ぐために境界線からの最低の離隔を規定する、道路に面する側は歩道になるように空地を設けるように定めているものもあります。
また、周辺の環境保全のために一定規模の花壇などを設ける「緑化計画」や、さらには建物の屋上や壁に緑化を行う規定もあります。
条例、指導要綱でみるアパート・マンションを「建築しやすい区」ランキング
これらが主な規定となりますが、この基準となる数値がそれぞれ23区ごとに異なり、計画の仕方を複雑にしているのです。
アパート・マンションの設計の従事している私の独断と偏見で、「条例、指導要綱でみるアパート・マンションを建築しやすい区」を勝手にランク付けしました。
以下の3点を評価軸としています。
先ほど述べた基準がわかりやすいこと、もしくは緩いことです。緩いといっても粗雑という意味ではありませんん。
建築をするにあたっての基準が寛容な自治体だと思ってください。
各行政区は条例、指導要綱の条文はもちろんですが、計画をするにあたりの手引書、マニュアルを作成しています。そのマニュアルが見やすい、わかりやすいということを評価基準としました。
条例は嫌がらせではなく、より良い街にするために試行錯誤して作られるものです。その気概が指導内容や手引などから感じ取れるかを評価基準としています(完全に主観です)。
全てを紹介すると長くなるので、「アパート・マンションを建築しやすい区」のベスト3とワースト3を発表します。
なお、これは完全に私個人が考えるランキングであり、他の組織や行政との関連は全くございませんのでご了承ください。
アパート・マンションを建築しやすい区 ベスト3
3位 文京区
日本の最高学府である東京大学の赤門を携え、また神田や御茶ノ水にも近い古くからの学生街、文京区が3位です。
文京区には「文京区ワンルームマンション等の建築及び管理に関する条例」がありますが、名称の通りワンルームの部屋が計画されるマンションのみ規定されているという親切仕様です。
また、基準がとてもわかりやすく、居室が15戸となる場合にのみファミリータイプの住戸の設置が要求されます。その他の設置基準は条例が適用された時点で必要となります。
計画する戸数を考えながら「何が必要?何が不要?」などをいちいち考える必要が無く、比較的計画がしやすいことが評価ポイントです。
他にも、他の自治体では珍しい、バリアフリーなどの住環境をより良いものとするための基準も定めています。自然と良質な住居を計画できるようになり、結果的に質の高いマンションが生み出させるようになっています。
2位 墨田区
東京スカイツリーができてから、めまぐるしい発展を遂げている墨田区が2位です。
墨田区の特長は、なんと言っても条例の手引の見易さです。
用語には一つ一つ細かく注釈を添え、大事なところはアンダーラインを引き、全ての項目が過剰書きで記載されています。
何よりフォントがMS明朝、ゴシック創英角ポップ体といった3大見づらいフォントを使ってないことも評価できます。作成した人は誰だかわかりませんが、とても仕事ができる方なんだと思います。
また、基準が細かく設定されているところも評価できます。
例えば、共用施設である管理人室、集会室、防災備蓄倉庫などは、計画する戸数に従い必要な面積が決められており、さらに天井の高さまで設定されています。
これは設計をする側としてはとても助かります。アパートやマンションを提案したい営業、売りたいディベロッパー、建てたい建主は限られた土地の中で最大限に住戸を計画したいと考えています。当然です。お金を生む事業ですから。
そのため、「お金にならない」管理人室などの部分は無くしてほしい、もしくは極力減らしてほしいという要求をしてくることがあります。
中には「階段の下にとりあえず作っておけ」という指示が来ることもあります。
そんな時、「条例に、最低限この大きさが必要と書いています」と説明できる根拠があることは、設計士としては非常に助かるのです。
また、3位の文京区同様、バリアフリーや防音、安全性の配慮がしっかり明示されており、良質なアパートを計画できるようになっています。先ほど述べたことの繰り返しになりますが、営業、ディベは余計なことにお金をかけたくありません。
なので、バリアフリーや安全性を確保した計画も「無駄だから無くせ」と言う人も少なからずいます。自分が住むわけではないからそう言えるのでしょう。そんな時にしっかり明文化されているのはとても助かります。
1位 新宿区
栄えある第1位は、大学を多く抱える学生街で、区役所が歌舞伎町の入り口にあることでも有名な新宿区です。
新宿区の手引は、手書きのイラストがありわかりやすい。しかもフルカラー。誰もが理解しやすい作りになっています。
また、適用条件が30平米未満の住戸なので、実は広めのワンルームなら条例に適用せずに立てることも可能です。
さらに、周囲の環境に配慮した緑化計画も道路側に設けることを優先しています。緑地を設けると書かれた時、大体は建物の裏手に必要な面積を確保して、「はい終わり」にしてしまうことが多いんです。
しかし、道路に面する部分の緑化を厳しく定めることで周囲の住環境を自然と良いものにしてくれます。
以上が、(個人的に)良い条例だと思う行政区のベスト3です。
3区に共通しているのは、「より良い建物、環境を生むために、細かく丁寧に記載がされている」ということ、しっかりした建物が建てられるのならむしろ歓迎していることです。
いずれも、「良い街にしたい、人を集めたい」という思いが素直に伝わってくる条例、指導要綱です。
アパート・マンションを建築しにくい区 ワースト3
次に、「アパート・マンションを建築しにくい区」 ワースト3を発表します。
あくまで筆者個人の判断であり、多くの設計者の共通認識ではないことをあらかじめご了承願います。
第3位 中央区
銀座や築地、日本橋と名だたる東京の名所があり、東京のいや日本の中心地といっても過言ではない中央区をワースト3位にしました。
中央区には、「中央区市街地開発指導要綱」という条例があります。内容を見ると、ベスト3にランクインした文京区と非常に似ており、それほど複雑ではありません。
では、なぜワースト3位に選んだのかというと、中央区では区内の各地区で地区計画が定められているからです。
この地区計画は、細かい地区(番地ごと)に建築の規定を定めています。道路から離す、高さはどれくらいまでとするものの他にも、「住戸面積が〇〇平米以上の居室の面積の合計が全体の何分の一以上とする」という規制もあります。部屋数なら良いのですが、面積です。はっきりいって計算が面倒くさいです。
道路から建物を後退するさせることで建築する面積の限度(容積率)を引き上げる制度を設けているところもあるのですが、中央区では後退する幅と後退する面積で決められており、またしても計算が複雑です。
それに、中央区はいわゆる一等地ですから、限界まで建物を設計することを要求されます。その上で地区計画を読み解き、最大の計画を行うプレッシャーは半端ではありません。
また、中央区はオリンピック終了後の選手村跡地にできる「晴海FLAG」の影響で、明らかに過剰供給になる恐れがあります。それに伴い、より規定が厳しくなることも想定されます。
第2位 板橋区、足立区
埼玉県との境に位置する板橋区、茨城県と千葉県の境にある足立区を同率でワースト2位としました。
板橋区の規制には、「大規模建築物指導要綱」「大規模建築物指導要綱準指導」「小規模住宅住戸集合建築物条例」の3つがあり、この3つを以下の表のように組み合わせた4つの分類に指導内容が分けられています。
一応手引には早見表を作ってはくれてますが、そもそもわかりづらい。「こんなに細かく細分化する必要あるのか?」と思わず突っ込みたくなります。
足立区もワンルームマンションとマンションの他に、寮や寄宿舎に関しても規制を設けています。
寮や寄宿舎の規制は、スマートデイズと呼ばれる賃貸管理会社のシェアハウス「かぼちゃの馬車」が足立区に大量に乱立しており、その対策として急遽作られたものなんですね(不動産業界では足立区はかぼちゃ畑と呼ぶ人もいます)。
板橋区と足立区は、23区でありながら首都圏近郊の路線価であるため、土地を購入してアパートやシェアハウス、最近では民泊などを建築し、不動産運用するという動きが特に多かった地域でもあります。
そのため「安易なアパートを作らせず、行政できっちり管理できる」仕組みを作るため、あえて複雑にしているのかもしれません。
また、どちらの区も道路に面している部分は歩道として整備する様に定められています。
これは中心部と違って、道路が整備されていない土地に密集して建築されることによる周辺環境の悪化を防ごうとする役割もあると思います。
第1位 江戸川区
ワースト1位に選んだのは、江戸川を有し、下町情緒溢れる江戸川区です。
江戸川区は23区有数のベッドタウンであり、合計特殊出生率も23区で一番高い、まさに「子育てに適した街」なんですが、アパート・マンション建設に関してはなかなかの曲者です。
まず、指導要綱の手引書が23区ダントツの77ページ。調べるのも億劫になるボリュームを誇ります。
細かく書いてあるという意味では助かるのですが、ここまで分厚いと流石に大変です。
江戸川区には、他の行政区の指導と同様に駐車場の一定割合の設置義務があるのですが、同時に駐車場を計画地内の別の施設によって代替するというシステムが存在します。
簡単にいうと、駐車場の設置を何台か免除する代わりに、緑地だったり、自転車置き場だったりを設置することで代用できるというものです。
しかし、「駐車場分の面積と同じ面積で代替するもしくは面積を2倍にして代替する」というちょっと特殊な方法をとっており、より計画を複雑にしています。
さらに荷捌き用のスペースだったり、立体駐車場を設ける場合は別に退避スペースを設けたりとかなり要件が多いです(駐車時のスクランブルを避けるためなんですけどね)。
江戸川区で計画を複雑にし、かつ事業自体を難航させるものとして、住戸面積の計画基準があります。
江戸川区の場合、建主が個人名義の場合、いわゆるワンルームの部屋は29戸まで、それ以上は50平米以上、概ね2LK以上の大きさの部屋にしないといけません。
さらに、名義が法人名義の場合15戸まで、それ以上は平均して70平米以上としなければならない規定なのです。70平米というのは3LDKのまさしく家族向けの住戸であり、賃貸ではあまり見られません。分譲の場合でもかなり高額な部類に入ります。
そのため、たくさん部屋を計画しても、そもそもの需要も踏まえると、事業が成り立つか難しくなります。特に、分譲の場合は多くの部屋を販売することが事業性に繋がりますが、前述のように高額物件のため売り切るのはなかなか難しいものになります。
設計ではいいデザインもさることながら、事業性のある計画が要求されますので、本当に設計者泣かせの指導です。
マンションが建築しづらいからといって「悪い街」ではない
しかし、誤解しないでいただきたいのは、普段アパート・マンションの基本設計を行なっている私個人の見解であって全体の総意ではないこと、建築しづらいからといって「悪い街」「悪い自治体」ではないということです。
条例や指導が複雑になっている理由には、その場所の性質であったり、過去に乱開発が行われて指導自体をあえて複雑にせざるを得ないなど、事情も様々あります。
事実、江戸川区は教育や育児に関する制度やサービスは23区でもかなり高く、出生率も高いため、「子育てしやすい街」として評判です(一方で豪雨などで水害に見舞われやすい場所としても有名ですが)。
いずれにせよ、条例や指導要綱というのは、行政の人やそこに住む住民が「こういう街にしていきたい」と考え、試行錯誤して生まれた「知恵の結晶」です。
面倒臭いと思わず、その裏側にある思いを噛み締め、より良い建物を設計していきましょう。
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